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架空のある大学の、ある有機化学系研究室での出来事です。
架空なんで、似たような事件、人物とは一切関係ありません。
かっこ内はUPした日。


猛毒も平気(98/1/7)
化学大好きなAさんは、研究のためなら危険もいとわない。むしろちょっと危険な方が好きなようです。 彼はシアン化カリウム(いわゆる青酸カリ)を局所換気装置(写真 12KB)もないところで扱うのですが、 こいつは酸と混ぜるとこわーい青酸ガス(アーモンド臭)が出ます。 ほんとに一呼吸でコロッといくらしい。 でも彼は実験技術があり、平気で扱っています。
「あれ、アーモンド臭するかな。やばいかな。」とか言って面白がる始末です。
いま、未処理廃液が実験室の片隅に眠っています。早く片づけてくれー。


ケミカルソルジャー(化学戦士)登場(98/1/7)
Bさんは学部学生ながらも実験大好きな男です。徹夜で実験して次の日の夜まで実験してたりします。 36時間労働が可能なケミカルソルジャー(化学戦士)です。 でも本当は、研究チームのある大学院生にこき使われているだけらしいのです。
安全面から深夜の実験は禁止されているのですが、熱心な彼の研究チームは眠る間も惜しんで実験します。なに食わぬ顔で夕方帰り、夜中に実験室に現れて素早く実験を仕込み、反応待ちの時間はなんと実験室の照明を消してじっと潜んでいるのだそうです。真っ暗な実験室に光る四つの目は、学校の怪談として語り継がれることでしょう。


ケミカルソルジャーのケミカルハンド(98/1/7)
Bさん(傭兵化学戦士)は、だれよりも多くの実験を(たのまれて)こなしている割にはそそっかしい。 彼は毎日1個はガラス器具を壊しています。 しかもその破片で手を怪我することもしばしばです。 薬品が手にかかって皮膚が腐食されることもよくあります。 硝酸で皮膚に穴があいても平気なようです。 発疹・ただれ・ひびわれ・切り傷・すり傷・やけどなど、あらゆる化学的物理的皮膚障害の標本となる 「ケミカルハンド(化学な手)」をもつ男がここにいました。最近彼に同情の目が集まっています。

後日談:彼は厳しい先輩が卒業するとともにリラックスして実験に打ち込めるようになり、近頃は器具を壊すこともなく実力を発揮しているそうです。


静かな爆発(98/1/8)
Cさんが引火性の強いジエチルエーテルを沸かしていたときのことです。
この液体は、30℃で沸騰します。Cさんはこのエーテルを沸かしすぎて、 ついに還流冷却器(写真 18KB)からエーテルがあふれそうになりました。あわてたCさんは何を思ったか 冷却器と反応容器の連結部分をはずしてしまいました。当然もれだした大量のジエチルエーテルに引火して、 ぼぼっ、という低い音とともに局所換気装置全体が黄色い閃光に包まれました。 ところが一瞬で燃え尽きたから、炎に手を突っ込んでいたCさんは、全然熱くなかったそうです。 しかもエーテル蒸気と空気があまり混ざってなかったらしく、爆風もなかったみたいです。 髪は焦げてないし、顔にすすも付いてないし、いかりや長介ばりの 「だめだこりゃ(演奏:drif.mid)」は聞けませんでした。 次回の爆発に期待。


火事だ火事だ(98/5/25)
大晦日も間近のある日、ケミカルソルジャーと、彼とチームを組んでいる大学院生Dさんは 冬休みを返上して実験していました。
Dさんは、前出のエーテルをビーカーで沸かして再結晶していました。
エーテルはいとも簡単に引火し、実験台が炎に包まれました。今回はエーテル蒸気に引火しただけでなく、ビーカー中の液体も燃えだしたから大変です。ガソリンを撒いて放火するよりもよく燃えます。天井まで火柱が上がりました。 Dさんはもうあわてちゃって、「なにこれなにこれなにこれ」と叫んで炎を眺めていたそうな。 化学消火器でなんとか鎮火しましたが、鳴り響く非常ベルに化学系実験棟中から教授たちが集まってきて、 大騒ぎになったそうです。
同じ実験室で実験していたEさんは、集まってきたその恐いおじさんたちを見て、無関係を装い逃げたということです。

ケミカルソルジャーたおれる(98/5/25)
正月休みが終わり、火災騒ぎもそろそろほとぼりが冷めた頃、ケミカルソルジャーは独り徹夜の実験をしていました。
彼は「なんか目がかゆかったけど疲れ眼かと思って我慢して(本人談)」、質量分析室に測定しに行きました。 そのときすでに彼の目は実験に使用していた水酸化リチウムに侵されていました。人呼んでケミカルアイ(化学な眼)事件です。

この薬品は強アルカリ性で、タンパク質を破壊するそうです。多量に目にはいると、失明の危険さえあります。ついに痛みで目が開けられなくなった彼は、手探りで隣の棟の4階までたどりつき、実験をしていた Fさんに「救急車を呼んでくださ〜い」と助けを求めました。

次の朝、私が研究室に出ると「彼は過労で倒れて運ばれた」という、なんか本当っぽいデマまで流れていました。もちろんこの事件も教授たちの間でちょいと話題になったに違いありません。 この事件の後、深夜実験の禁止が強化されてしまいました。

ケミカルソルジャーは、数日間視力がかなり落ちたそうですが、幸いなことに視力は快復したそうです。病院では、なんと眼のpHを測定したということですが、そのときリトマス試験紙を使わなかったことは間違いないでしょう。彼は名誉の殉職によって二階級特進してケミカルジェネラル(化学将軍)の称号を与えられました。


また火事だー(98/5/25)
今度はゴミ箱から炎が上がりました。使用済みのシリカゲルを捨てるゴミ箱で、引火性の溶媒が多量に含まれていたのです。 近くで使っていたヒートガン(ドライヤーの化け物で、450℃の熱風が出る)から引火し、火柱が立ちました。 ちょうど流しでガラス器具を洗っていた私は、とっさに着ていた白衣を脱いで水で濡らし、「ごめんね白衣」 と謝って炎にかぶせました。中の酸素が無くなり、すぐに火は消えました。消防訓練で習ったことは本当だったのね。油火災には、濡れた毛布をかぶせましょう。水をかけたら炎が広がるそうです。 白衣には焦げ痕一つ付きませんでした。
ヒートガンを使っていた彼は、前髪をちりちりに焦がしてしまいました。「だめだこりゃ(演奏:drif2.mid)」 。


化学な人(98/6/30)
あごがかゆい。ニキビか虫さされか。で、ほっといたらその日のうちに水ぶくれがたくさんできました。 次の日には水ぶくれがつながって大水ぶくれになり、破れて黄色い水が出てきました。
そーいえば、実験器具を洗っていてしぶきがあごにはねたのを、ほったらかしにしていました。 金属やらアミンやらを3日も煮続けた液が付いて、あごとなにやら反応したみたいです。
もしかして、名付けるならケミカルフェイス(化学な顔)? 私も晴れて仲間入りなのね。めでたくない。


翔べないハエ(98/6/30)
有機溶媒の蒸気が充満する局所換気装置の中を、ハエがのろのろと歩いていました。 ここじゃあハエでもシンナー中毒になります。
翔べない蚊(98/6/30)
ビーカーに入れておいた硝酸に、蚊が浮いていました。 虫的には最悪の死に方じゃなかろうか。
ムカデの標本(98/6/30)
ある日、実験室にムカデが出現しました。驚いたGさんは液体窒素(-196℃)を大量にまき散らして、凍らせました。 まだ死んでいなかったので、酔っぱらわせようと私がエタノール(95%)を少しかけると、笑い上戸なのかばたばたと暴れ出しました。 とどめにケミカルソルジャーがエタノールを大量にかけて溺死させました。 Aさんは、「火葬にする」と言っていきなりエタノールに火をつけました。 まだ形が残っていたので、「じゃ、サンプル瓶に保存しとこうか」ってことになりましたが、生物の研究室じゃないからどうしたらいいかわかりません。 とりあえず試薬棚にあったホルマリンに漬けてみましたが、古い試薬だったから濁ってムカデが見えません。 結局エタノールに漬けておくことになりました。
虫的には前項の蚊よりもひどい死に方だったかも。


青酸化合物(98/7/28)
シアン化カリウムなどの青酸化合物は有機合成の教科書にも頻繁に出てくる便利な化合物ですが、致死量は0.15gという恐ろしい物質です。食べると即死するそうです。 それが祭りのカレーの中に入ってたそうな。絶対にそんなことしちゃいけません。 はやく犯人が捕まることを願います。

砒素化合物(98/10/7)
前項のカレー毒物混入事件での本当の死因は、砒素化合物による中毒だそうです。青酸だったら胃に入った直後に意識を失って倒れるはずですが、被害者は吐いたり歩いたりしたそうです。容疑者はあがったようですが、和歌山に限らず全国で毒を盛る事件が多発しているみたいで、恐ろしい話です。

和歌山の事件と前後して起こった別の事件であるアジ化ナトリウム混入事件についての、ある留学生のコメントがすごい。
「青酸なら毒強い。でも、アジ化ナトリウム毒弱い。使った人、化学知らない。青酸使わないと効果無い。はは。」
毒性が強かろうが弱かろうが、絶対に毒を盛るのはやめてくださいね。

ところで、砒素の仲間であるアンチモン化合物(これも毒らしい)をAさんが以前使っていました。用心して取り扱っていたAさんが、どうしたことかこれに被曝したらしく、軽い中毒で一週間熱が出て止まらなかったそうです。さすがのAさんも、もう二度と使わないと言ってました。みなさんも毒には気をつけて下さい。


だって知らなかったんだもん(98/10/8)
2年前、私は実験でパラジウム炭素を使っていました。見た目はただの黒い粉で、においもなく善良そうな薬品で、有機合成ではよく使われます。私は実験台にこぼしたパラジウム炭素をティッシュで拭いて、ゴミ箱に捨ててしまいました。
しばらくして、
「なんかこうばしい香りがするなあ」
「隣で焼き芋焼いてるんちゃう?」(ありえない)
実験室では、こういう時用心深く嗅ぎ回らないと後が大変です。
「け、煙でてるで」
わたしの背後にあるゴミ箱の中でティッシュが燃えだしていました。私はこんな事件が初めてでおろおろしていると、Aさんがゴミ箱をひっくり返して火を踏み消してくれました。
後で聞くと、この薬品は活性が高くて、ゴミ箱なんかに捨てちゃいけないことはみんな知っていました。

ケミカルアイふたたび(98/10/29)
土曜日にも学生たちは研究室に集まって実験をするのですが、朝から浮き足立っていてほとんどの学生は日が暮れる頃には帰ってしまいます。 この日も土曜日で、研究室に遅くまで残ったのはケミカルソルジャー、化学大好きAさん、そして私の三人だけでした。

反応に使う溶媒は購入したものを全て一度蒸留するのが定法で、この日AさんはTHFという溶媒を1リットル蒸留していました。 蒸留前処理として、薬品をいくつか混ぜて半日くらいグツグツと沸かします。その際、空気中の水が混入しないように、還流冷却器の先に3リットルの巨大な風船をつけてふたをします。加熱して体積が膨張しても風船がある程度受け止めてくれるようになっています。

事件はこの風船をつなぐ管が折れ曲がっていたことが原因で起きました。 沸騰したTHFの圧力は風船に逃げることができずに、1リットルのフラスコの中で急激に高まっていきました。 そしてついにAさんの目の前でガラス製の還流冷却器が圧力で垂直に飛び上がり、沸き立ったTHFが天井まで吹き上がりました。 もちろんケミカルソルジャーはタイミング良くその実験台の向かいで自分の反応容器に手を伸ばし、身を乗り出していたところでした。彼はTHFを顔に浴びてしまいました。
「め、眼に入りました〜〜〜」
「洗えー!、すぐ洗えー!」
実験室の蛇口についているホースを握り、ケミカルソルジャーは流水で眼を洗い続けました。 実験室中にTHFの蒸気が濃密に充満していました。私も部屋にいるだけで目が開けていられなくなり、息もできなくなって廊下に避難しました。向かいの研究室の怖い教授がやってきて、
「おい、臭いぞ!!なんや!!廊下の向こうまで臭うぞ!!!」
と怒鳴るし、私は涙を流しながら取り繕うので精一杯でした。

目を洗っているケミカルソルジャーに、私は「安全の手引き」を読み聞かせました。真っ赤な表紙の冊子で、中毒などの事故があったときの処置が書いてある本です。
「えーっと、THFはベンゾフェノンとナトリウムを入れて蒸留してたやんな。ナトリウムゆうたら水とくっついてアルカリやな……あ、アルカリが目に入ったら失明のおそれがあるって書いてあるで」
「えーっ(力無く)」
「30分流水で洗い、その後30分洗うやって。ちゅうことは、1時間洗い続けるんか。」
「はいー」



「もうだいぶ経ちましたよね」
「いや、まだ15分」
「あの、眼洗うの息苦しいんですけど…」
「我慢せな」

長時間洗った甲斐があったのか、もともとアルカリなんかほとんど入らなかったのか(たぶん後者)、ケミカルソルジャーの目は無事でしたが、薬品くさい実験室にまたTHFの新たなにおいがしみつきました。


吸入(99/3/15)
しばらく前、クロロホルムを売りさばいてた学生が捕まったそうです。毒を売って金儲けなんて、許されないことです。買った人はなにに使うんでしょうか。キッチン周りのしつこい油汚れにつかえば、どんな洗剤よりもよく落ちると思いますけど。発ガン性が疑われているので、吸ったり吸わせたりしないようにして下さいね。研究室ではクロロホルムを湯水のようにジャブジャブと大量に使いますが、蒸気を吸いすぎて意識が薄れたことはまだありません。離れていてもかなり臭いのに、意識を無くそうと思ったらどれだけ濃密な蒸気を我慢して吸わないといけないんでしょう。

私の研究室でよく使う物質の分離法としてお手軽なのが、カラムクロマトグラフィーという方法です。マーブルチョコの着色料を水に溶かして長い紙の一端に塗り、水にひたして吸い上げさせると色が分離するという、昔家庭科の時間にやったアレと同じ原理です。分離したい混合物を溶媒に溶かし、太いガラス管に詰めた粉の中を通過させると分離して順番に出てきます。操作が簡単で割と何でも分離できるのですが、ゆっくりやると数時間かかったりします。 操作中ずっと多量の有機溶媒を取り扱うので、終わる頃には蒸気を吸いすぎて頭がぼんやりします。

この日カラムで単離をしていたGさんも長時間にわたり蒸気を吸って、最後はかなりくらくらしていたそうです。単離後の物質は溶媒に溶けた状態で数十本の試験管に分け取ってあります。単離操作終了後、カラム内の粉を捨ててカラムを洗浄して、試験管を一本ずつ磨き粉でこすり洗って、よくすすいで水を切って全てを乾燥機に入れてほっとしたところで、
「うあーーっ!」
とGさんは叫びました。今日の仕事の成果である単離した物質を、全て廃液タンクに捨てて丁寧に試験管を洗ってしまいました。
「だめだこりゃ(演奏:drif3.mid)

化学な人々その後(99/4/22)
私もやっと就職しましたが、化学からは離れられずニッケルなんかを扱う部署に配属されました。そこで普通の健康診断の他に、血中のニッケル量を測定する特殊検診を受けたわけですが、そこでのお医者様との会話。

「はい、手のひら見せてー。舌出してー。大学では何か薬品使ってた?」
「はあ、有機溶媒を…」
「どんな?」
「トルエンとか炭化水素系はほとんど…それからハロゲン系も…アミン系…エステル…アルコール…」
「わかったわかった。ニッケルとか金属は使ってないですね?」
「金属はバナジウムとモリブデンを大量に使ってました」
「それで、薬品を使うときは換気がしっかりしてるとか、手袋とマスクをするとか?」
「いえ、普通にジャブジャブと…蒸気は吸い放題で…」
「大学ってそういうところだからねえ。ほんとはあなたは肝機能の検査をしないとねえ」

私がバカでした。経験も知識もほとんど持っていないのに薬品を面白がって使っていました。こういう無知や慣れが環境問題を引き起こすんじゃないでしょうか。
これからも化学をやる人は地球と自分の体を大事にしましょう。 結論が出たところで、「化学な人々」終わり(演奏:drif4.mid)

フィクションです。
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